科学論文の英文編集では、スペルや文法を直すだけでなく、研究の意味が正確に伝わっているかを確認します。英語を話せることと、論文を適切に編集できることは別々の能力です。英語を母語としない研究者が編集を依頼する際は、自然な英文を書けるかに加え、科学編集の訓練と実務経験があるかを確かめる必要があります。
科学編集には、英文編集の技術、研究分野の知識、学術出版の手順への理解が必要です。理工系のSTEM、人文・社会科学系のHSSのいずれでも、その分野の用語や論文の書き方を踏まえて編集します。科学編集サービスでは、表記や文法の確認に加えて研究内容にも踏み込むため、通常の校正より費用がかかる場合があります。
科学編集者は、本文の論理や構成とともに、抄録、図表、参考文献の書き方を確認し、投稿や査読の手順も考慮します。依頼先の経歴を見る際は、資格や専門団体での活動も確認できます。例えば、BELSが認定するELS資格や、英国の編集・校正の専門団体Chartered Institute of Editing and Proofreading(CIEP、旧Society for Editors and Proofreaders[SfEP])が参考になります。実際に依頼する際は、資格や所属とともに、どの分野でどのような編集をしてきたかを確かめてください。
私はジャーナリズムの執筆・編集に加え、科学分野のライティングと編集の訓練を受けてきました。その経験から、科学編集を依頼する際に知っておきたい仕事の範囲と、担当者を選ぶ際の判断材料を説明します。
科学編集には、校正に加えて研究内容の確認が含まれる
科学編集者もスペルや文法の校正に対応しますが、仕事はその範囲にとどまりません。歯科医師に歯のクリーニングを、シェフにグリルチーズサンドを頼む場合と同じで、一つの作業だけを依頼することもできます。ただ、論文の構成や研究の説明まで確認してほしいなら、依頼する範囲を明確にする必要があります。
言語面の校正と、専門的な判断を伴う編集では、必要な知識も異なります。私も化学や遺伝学の原稿の校正には対応できますが、自分の専門分野ではないため、研究内容に踏み込む編集は通常お引き受けしていません。私の専門は保健科学と社会科学です。依頼先にも、どこまで内容を判断できるか、どの箇所を著者に確認するかを聞いておくと、作業範囲を共有できます。
博士号や医学の学位に加えて、編集の経験を確かめる
博士号を持つ研究者や医師は、化学、細胞生物学、内科などの分野を長年学んできた専門家です。その知識は論文を読むうえで役立ちますが、英文の構成や表現を編集するための訓練まで受けているとは限りません。学位が示す研究の専門性と、英文編集の経験を、それぞれ確かめることが大切です。

科学編集者には、研究の意味を理解し、投稿先の読者に伝わる英文を選ぶ力が求められます。修士号や博士号を持たなくても、担当分野の知識と編集経験を積み、学術誌の要件を理解している人はいます。学位だけでは、実際の編集技術は判断できません。
研究の専門用語や方法論に詳しい人でも、学術出版や出版倫理、データの示し方、文献レビューの構成に同じだけ詳しいとは限りません。依頼する際は、原稿のどの部分を確認してもらえるかを聞き、必要に応じて過去の編集例も見せてもらってください。
研究者や医師の知人に編集を頼む場合も、同じ確認が必要です。分野が一致しているという理由だけで決めず、英文編集の経験と、分からない箇所を著者に確認する姿勢があるかを見てください。
英語や言語学、獣医学の背景を持つ編集者もいる
英語・言語学・ジャーナリズムを学んだ人が、研究分野の知識を身に付けて科学編集を担当することもあります。私が知る臨床、工学、地球科学の優れた編集者の中にも、人文科学の学位を持つ人がいます。言葉の使い方と研究内容の双方を学び、実際の原稿で経験を積んできたかが判断材料になります。
獣医学の背景を持ち、英語の編集に習熟した人が、臨床分野の原稿を担当する例もあります。人の心臓手術を執刀した経験がなくても、生理学の知識を編集に生かせます。専門的な知識に加え、著者の意図に注意を払い、疑問点を丁寧に確認する姿勢も仕事を支えます。
担当分野の博士号を持つかどうかだけでは、編集者の適性を判断できません。言語と出版の知識を備え、専門的な判断が必要な箇所では著者に確認できる人であれば、研究の意味を保ちながら英文を編集できます。
科学編集者に求められるAI利用の確認と透明性
生成AIで修正した英文は、読みやすくても研究の意味や根拠を正確に伝えているとは限りません。科学編集者は、説明の重複、原文にない解釈、根拠のない断定、実在しない引用文献が加わっていないかを確認します。AIが書く文章の傾向を知っておくことも役立ちますが、文体だけで使用の有無を判定することはできません。著者に使ったツールと用途を聞き、原稿を研究資料や原典と照合して確認する必要があります。
AIの使用を申告する際は、投稿先の最新規程を確認します。例えば、感染症学雑誌の投稿規程では、原稿作成に生成AIを使った場合、ツール名・バージョンなどと利用目的の申告が必要です。日本形成外科学会会誌の規程は、使用箇所の明記も求めていますが、文書校正などの単純な校閲支援は申告対象から除いています。このように、英文修正でも申告の要否は雑誌ごとに異なります。
申告文には、ツール名と実際の用途を具体的に記載します。「ChatGPT(使用したバージョン)を英文の表現修正に使用し、著者が全内容を確認した」など、何を任せ、誰が確認したかが分かる説明が必要です。記載箇所は投稿先の指定に従います。AIを著者に含めることはできず、論文の内容や引用の正確性に対する責任は人間の著者が負います。
AIを使う際の透明性は、編集者にも求められます。ICMJEの勧告では、編集や査読で使ったツールと目的の開示を求め、著者の明示的な許可なく、機密性を確保できないAIシステムに投稿原稿を渡すべきではないとしています。編集を依頼する前に、AIをどの作業で使うか、未公開原稿をどう扱うか、修正後の内容を誰が確認するかを聞いておくと、作業の進め方を共有できます。
AIだけで科学論文を編集できるか
研究に詳しい著者でも、修正後の英文が投稿に適しているかを判断するには、英語表現と学術出版の知識が必要です。特に英語を第二言語として使う著者にとっては、流暢な英文が研究の意味まで正確に保っているかを見極めるのは容易ではありません。AIの修正で実験条件や留保が抜けたり、その分野では別の意味を持つ用語に変わったりしても、英文だけでは気づかないことがあります。科学編集者は原文や研究資料と比較し、判断が必要な点を著者に確認します。
私は日本語の原文や資料も読めるため、英文だけでは判断しきれない箇所を、日本語の説明に戻って確認できます。著者が伝えたい意味を確かめてから、その分野で使われる英語の専門用語を提案します。例えば「有意差」を「意味のある違い」と書き換えると、統計学的な意味が失われます。原稿に曖昧な点があれば、著者に質問し、意図を確認してから表現を決めます。
Jenni AIやSciSpaceなど、論文の下書きや表現の修正に役立つ優れたサービスもあります。研究資料を指定して文章作成を支援させることもできます。ただし、AIには人間の良心や個々の研究への個人的な関心がなく、原稿の内容に責任を負うこともできません。そのため、下書きや表現の修正にAIを使っても、著者とのやり取りを通じて研究を理解し、修正が適切かを判断する工程は人が担う必要があります。
言語モデルは、学習したパターンや文脈に基づいて、続く文章を予測する仕組みです。「最もありそうな文章」を生成する傾向があるため、もともと精密な英文でも、一般的な表現に置き換わり、研究固有の意味が薄れることがあります。私は、このように表現の品質が平均的なものに寄る傾向を「平均への回帰」と捉えています。参考資料や指示を工夫しても、修正後の英文が研究の意味を保っているかどうかは、人が判断しなければなりません。科学編集者には、著者とその判断を共有し、表現を選んだ理由を説明する役割があります。
編集実績と、著者への確認方法を見て依頼先を選ぶ
科学編集者は、英文の修正を日常の仕事として行い、研究の説明や論文の構成も確認します。研究室や病院の同僚に相談する場合とは、担当する仕事や経験が異なります。単価を比べる際も、表記や文法だけを確認するのか、内容や構成まで検討するのかをそろえる必要があります。
自然な英文を求めるなら、英語ネイティブの編集者に依頼する方法があります。ただし、出身国や母語だけで編集品質が決まるわけではありません。英語が広く使われる国の出身者でも、家庭や教育で使ってきた言語はさまざまです。実際の編集例を読み、専門用語や論文の意味を適切に扱えるかを確かめてください。
編集者にも、得意な分野や経験の違いがあります。修正によって研究の意味が変わったり、不明な箇所について質問がなかったりするなら、変更の理由を尋ねてください。説明を聞いても納得できない場合は、別の担当者を検討できます。原稿に疑問があれば著者に確認し、修正の理由を説明してくれることは、依頼先を選ぶうえでの判断材料です。
科学論文の編集を依頼する際は、分野の知識、英文編集の技術、学術出版への理解を合わせて確認します。原稿の用途と、確認してほしい範囲を先に共有することで、著者と編集者が同じ前提で作業を進められます。