私は日本に20年以上住み、15年以上、日本語の原文をもとに英語のコピーとウェブサイト、資料を書いてきました。マーケティング担当者、プロダクトデザイナー、営業担当者から必ず聞かれる質問が一つあります。英語版はアメリカ英語とイギリス英語、どちらで作ればいいのかということです。結論から言うと、私は基本的にアメリカ英語を勧めています。例外は、イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカに絞った内容のときだけです。シンガポールとカナダは、媒体や読み手によって判断が分かれます。この記事では、その判断をどう下しているかを、実際に見てきた例とともに説明します。
ポイント
- 英語版は、地域を明確に絞る場合を除き、アメリカ英語を基本にする
- インド、シンガポール、マレーシアは、媒体と読み手によって表記が変わる
- 学校で習った「正しい英語」が、今のビジネス英語に合わないことがある
- AI翻訳が返すアメリカ英語には、紋切り型の企業ジャーゴンが混ざりやすい
- 学術誌や国際規格などの外部基準がある場合は、その基準に従う
Contents
アメリカ英語とイギリス英語、結局どちらを選べばいいですか?
基本はアメリカ英語です。イギリス、オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカに絞った内容のときだけ、イギリス英語、またはその国の英語を使います。インド、シンガポール、マレーシアは媒体や読み手によって変わるため、案件ごとに確認します。展開先が決まっていない、あるいは世界中の読者に向けた内容であれば、アメリカ英語を既定にします。
日本企業にとって、この既定は実態にも合っています。今後3年程度で最も重視する輸出先に米国を挙げた企業は27.1%で首位です。英語版の主な読み手を一つに絞れないとき、最も可能性が高い読み手に合わせるのは自然な判断です。
判断に迷う場合は、案件の詳細を教えてください。読み手と目的に応じて、アメリカ英語かイギリス英語か、その根拠とあわせてお伝えします。
なぜ、イギリス英語で教育を受けた国でも、アメリカ英語が好まれるのですか?
イギリス英語を学校で習った人の多くも、実際にはアメリカ英語のほうがなじみやすいと感じているからです。私はこれまで、イギリス人、インド人、シンガポール人、マレーシア人の同僚や友人に、この話を何度も聞いてきました。
イギリス人の中にも、自国の英語に誇りを持ちながら、アメリカ英語のほうが広く通じ、聞き取りやすいと認める人が少なくありません。かっこいいと感じる人もいれば、渋々認める人もいます。伝統を重んじる人ももちろんいますが、私の実感では少数派です。インドやシンガポールの人たちは、映画やテレビを通じてアメリカ文化に親しんで育った世代が多く、学校で教わった規範に反していても、アメリカ英語の発音をかっこいいと感じる人が多いです。オーストラリアとニュージーランドの人たちは、この点についてはどちらでもよいという反応が目立ちます。
アメリカ国内の広告を見ても、この使い分けは表れています。高級腕時計や高級車の広告には、イギリス英語のアクセントを使うナレーターがよく起用されます。格式や距離感を演出するためです。反対に、日常的に使う製品やサービスの多くは、親しみやすさを重視してアメリカ英語で語りかけます。世界的に見ても、書き言葉と話し言葉は年々、会話に近いトーンを好むようになっています。読み手と書き手の距離を縮めるという点で、アメリカ英語のほうが向いていると、私は考えています。
動画のナレーションは、アメリカ英語とイギリス英語のどちらを選ぶべきですか?
対象国の視聴者が実際に聞きたいと答えたアクセントを選ぶべきです。決定権を持つ人の個人的な好みで選んではいけません。
以前、あるソフトウェア製品の短いYouTube広告を制作した際、私はナレーター候補の選定を任されました。私が選んだ最終候補にはアメリカ英語とイギリス英語の両方が含まれていましたが、対象国のチームに確認したところ、彼らはアメリカ英語のアクセントを聞きたいとはっきり答えました。それにもかかわらず、私の上司にあたるイギリス人マネージャーは、女性のイギリス英語アクセントのほうが好みだと主張し、最終的にそちらが採用されました。製品のウェブサイトはアメリカ英語で統一していたため、この決定によって、サイトと広告の間にずれが生まれました。決定権を私が持っていなかったこの一件は、対象読者の声よりも、社内の立場が強い人の好みが優先されると何が起きるかを示す例です。
プロダクトデザイナーがUIや動画のナレーションを発注する場面でも、同じ構造の判断が起こります。ウェブサイトと動画、資料で英語のトーンがずれていないか気になる場合は、既存の英語コンテンツを一緒に確認できます。
インド、シンガポール、マレーシア向けには、アメリカ英語とイギリス英語のどちらを使いますか?
表記はイギリス英語、トーンや音声はアメリカ寄りも検討する、というのが私の答えです。3か国とも、かつてイギリスの統治下にあり、学校教育もイギリス英語をもとにしてきました。シンガポール政府自身が、公式サービスの表記はイギリス英語を使うと明記しており、フォーマルな文書や公的な場ではこの基準が守られます。
一方で、私が一緒に仕事をしてきたインド人、シンガポール人、マレーシア人の多くは、学校でイギリス英語を習い、日常的にもイギリス英語表記を使いながら、個人としてはアメリカ英語の発音を好む人が多いという印象を持っています。だからといって、マーケティング資料の表記をアメリカ式に変えるのは正しくありません。プロの立場で言えば、私自身の好みではなく、その市場で読み手が見慣れている表記に合わせるべきです。これらの市場向けのマーケティング資料で、イギリス式のスペルを使うことが多い理由はここにあります。

もう一つ、発注する側に知っておいてほしいことがあります。インドには、翻訳会社やコンテンツ制作会社を名乗る事業者が数多くありますが、その中には、対象読者を意識した自然な英語を書く力が乏しいまま、案件を受けている会社も少なくありません。文法としては誤りがなくても、読み手を想定せずに書かれた英語は、ビジネスの現場ではすぐに見分けがつきます。私はこれまで、そうした会社が納品した英文を見直し、書き直す仕事を何度も引き受けてきました。価格の安さだけで発注先を選ぶと、この見直しの手間がかえって時間とコストを押し上げることになります。
インド、シンガポール、マレーシア向けの英語版を作る際は、翻訳・ローカライゼーションサービスで、表記とトーンの両方を市場に合わせて整えています。
社内の英語担当者が「正しい英語」にこだわるとき、どう判断すればいいですか?
その人が学校で習った規範ではなく、実際の読み手と目的に基準を置き直すことです。英語ネイティブであることは、正しい判断の保証にはなりません。
私は以前、ある翻訳会社で校閲とリライトを担当していました。翻訳者の多くは日本人でしたが、その中には、対象読者が明らかにアメリカの読者であっても、イギリス英語の表記にこだわり続ける人が何人もいました。理由を尋ねても、学校でそう習ったから、という以上の答えは返ってきませんでした。対象読者に合わせて判断を変える柔軟さがなく、これも私の仕事の一部として調整する必要がありました。
日本の学校教育では、第二次世界大戦後、標準アメリカ英語が事実上のモデルとされてきました。それにもかかわらず、影響力の強い先生が1人か2人いて、その先生がイギリス英語の発音や表現を「正しい英語」として教えた場合、生徒はそれをそのまま信じてしまいます。これは年齢に関係なく起こります。jumperやcar bonnetのような単語を習った人が、海外に出てsweaterやcar hoodと言われて初めて、自分の英語が古風に聞こえると気づくことも珍しくありません。
受動態のほうが知的に見えるというのは、本当ですか?
本当ではありません。現代の英語、特に科学論文やビジネス文書では、能動態のほうがはっきりと伝わるという理由で好まれています。
米国政府がデジタルサービス全体に向けて示している文章作成の指針でも、能動態を使うことが明確に求められています。誰が何をするのかがはっきりし、文が短く、読み手の負担が減るためです。日本の英語教育の中には、受動態のほうが丁寧で知的に聞こえると教える場面がありますが、これは今のビジネス英語の実態とは逆です。能動態を選ぶことは、この記事の前半で触れた、読み手との距離を縮める書き方にもつながります。
マーケティングのコピーでは、文法を少し崩したほうが効果的な場合もありますか?
あります。ただし、それはルールを知った上で意図的に崩す場合に限られます。知らずに間違えるのとは別の話です。
営業資料やマーケティング用のコピーでは、多少くだけた表現が効果を生むことがあります。これは、ミュージシャンがわざと音を外して演奏するのと似ています。技術のある人が意図してやるからこそ、狙った効果になります。一方で、AI翻訳ツールが返すアメリカ英語は、注意が必要です。AIは大量の企業文書を学習していますが、その中には”circle back”や”at the end of the day”のような、書き手の力不足を紋切り型の表現で覆い隠しただけの英語も大量に含まれています。日本語で書かれたカジュアルな指示を英訳させると、こうした使い古された言い回しがそのまま出てくることがあります。
もう一つ、日本の学校で「自然な言い方」として教わるwannaやgonnaも、注意が必要な例です。発音としては実際に近いものの、書き言葉としては正式な単語ではありません。AI翻訳ソフトが出したアメリカ英語をそのまま使う前に、人の目でチェックする工程を挟むと、こうした紋切り型の表現やくだけすぎた表記を防げます。
英語版を作るとき、最初に何を確認すればいいですか?
最初に確認するのは、誰がそれを読む、または聞くのかです。この一点が、アメリカ英語かイギリス英語かを決める土台になります。そのうえで、トーン、達成したいビジネス上の目的、その英語が他にどこで使われるのかを確認します。対象が明確でない、あるいは世界中の読者に向けた内容であれば、私はアメリカ英語を既定にします。
香港は、大学の文体規定でもイギリス英語が使われており、フィリピンは、アメリカ統治下で英語教育が始まった歴史から、英語がアメリカ英語をもとにした形で定着しました。市場ごとの目安は、次のとおりです。
| 市場 | 基本の判断 |
|---|---|
| 米国、グローバル全般 | 🇺🇸 アメリカ英語 |
| 英国、香港 | 🇬🇧 イギリス英語 |
| オーストラリア、ニュージーランド | 🇬🇧 イギリス英語系(現地の英語) |
| 南アフリカ | 🇬🇧 イギリス英語 |
| フィリピン | 🇺🇸 アメリカ英語 |
| インド、シンガポール、マレーシア | 🇬🇧 🇺🇸 表記はイギリス英語。トーンや音声はアメリカ寄りも検討 |
| カナダ | 🇬🇧 🇺🇸 表記はイギリス英語系だが、アメリカ英語でも違和感が少ない |
表記そのものの違いは、次のように整理できます。
| 項目 | アメリカ英語 | イギリス英語 |
|---|---|---|
| スペル | color、standardize | colour、standardise |
| 語彙 | sweater、car hood | jumper、car bonnet |
| 引用符 | ダブルクォーテーション | インバーテッドコンマ |
| 日付 | January 25 | 25 January |
| zの読み方 | ズィー | ゼッド |
学術誌や国際規格の文書でも、アメリカ英語が基本ですか?
いいえ。外部の基準がある場合は、その基準に従います。これは、投稿先の学術誌がオックスフォードカンマや序数の上付き文字を指定している場合と同じ考え方です。学術誌が明確にイギリス英語を求めているなら、私の一般的な既定ルールよりも、その学術誌の規定を優先します。

なお、法律文書は私の専門範囲の外にあります。法律用語は地域や法域によって大きく異なり、地域ごとの正確な用語の知識が必要になるため、一般的なマーケティング英語の判断基準とは切り分けて考えるべきです。
私は日本で20年以上、英語ネイティブとして日本企業の英語コンテンツ制作に携わってきました。アメリカ英語かイギリス英語か迷ったときは、読み手と目的を確認したうえで、その根拠を示しながら一緒に判断します。経歴の詳細は会社概要でご覧いただけます。
アメリカ英語とイギリス英語について、よく聞かれる質問
アメリカ英語とイギリス英語、スペルの具体的な違いは何ですか?
colourとcolor、standardiseとstandardizeのようなou/oやs/zの違いが基本です。ほかにも、jumperとsweater、car bonnetとcar hoodのように、単語そのものが違う場合もあります。日付の書き方や引用符の種類も異なります。
カナダ向けのコンテンツはアメリカ英語で大丈夫ですか?
多くの場合、問題ありません。カナダは地理的に米国と近く、アクセントも一般的なアメリカ英語に近いため、アメリカ英語のスペルを使っても違和感を持たれにくい市場です。ただし、公式文書やフォーマルな場では、イギリス英語系の表記が使われることもあるため、媒体によって確認します。
AI翻訳ツールに「アメリカ英語で」と指定すれば十分ですか?
十分ではありません。AI翻訳は指定した英語圏のスペルには対応できますが、紋切り型の企業ジャーゴンや、書き言葉として不適切なくだけた表現までは判断できません。誰かが最終的な文章を読んで、対象読者に合っているかを確認する工程が必要です。
英語ネイティブに任せれば、スペルや表現の判断はお任せで大丈夫ですか?
任せきりにはできません。英語ネイティブであっても、対象読者の調査より自分の好みを優先してしまうことがあります。動画ナレーションの例で触れたとおり、判断の基準を対象読者に置き、その根拠を確認できる相手に任せることが大切です。