プレプリント(査読前論文)とは「プレプリントサーバー」上で,オープンアクセスとし公開される学術論文の原稿のことです。この仕組みを利用すると,著者は正式な査読前あるいは査読中の論文に対するフィードバックをいち早く受け取ることができます。つまり,最新の研究を迅速に公開することで素早く不備を発見し,研究の質を高めることにつながるわけです。
新型コロナウイルスの世界的流行が始まってわずか10ヶ月で125,000本以上の関連論文が発表されましたが,研究結果をいち早く公開する必要性から30,000本はプレプリントが占めていました。
プレプリントを利用すれば,これまで何か月もかかっていた論文掲載を数日で行うことができるため,他の研究者から即座にフィードバックを受けることが可能になります。さらに,各原稿付されるIDによって、研究成果の第一発見者が誰であるかを周知させることができる上,正式な掲載前に執筆者が論文を修正することもできるようになるのです。
プレプリント(査読前論文)とは
出版規約委員会(COPE)によると,プレプリントとは「誰でも自由にアクセスできるプラットフォームに著者が投稿した学術論文の原稿のことで,対象は主に査読前あるいは査読中の論文である」とされています。
つまり,正式な査読前あるいは査読中の論文を学術誌に掲載される前に「先行公開」してしまうということです。
プレプリントは著者原稿(AOM: author’s original manuscript)と呼ばれることもあるとおり,そもそも「原稿」です。ただし,多くの場合,査読の準備が整った段階ではじめて公開されます。これによって執筆者はただちにフィードバックを受け取ることができるほか,IDを付すことで著者独自の研究であることを主張できるわけです。
「プレプリントサーバー」とは
プレプリントサーバーとは論文の初期原稿を投稿するためのオンラインリポジトリのことです。
2010年以降,60以上のプレプリントサーバーが開設されました。すでに閉鎖されてしまったものもいくつかありますが,なかにはオープン・サイエンス・センター(Center for Open Science)をはじめとする非営利団体の指導のもと,地位を確立したサーバーもあります。多くのプレプリントサーバーがしのぎを削っているのです。
大半のプレプリントサーバーはオープンソースであり,自由に利用,変更できるようになっています。
プレプリントサーバーは大学や学術研究を推進する非営利団体によって提供されているほか,エルゼビア出版が提供するSSRNのように営利の出版社が運営を行っている場合もあります。
よく知られているプレプリントサーバー・リポジトリとして次のようなものがあります:
サーバー | 特徴 | 学問分野 |
arXiv | 開設以来,200万本あまりのプレプリントを公開しています。コーネル大学提供 | 物理学を中心とした様々な分野 |
bioRxiv | 2014年に開設,最初の5年間で37,648本のプレプリントを公開 | 生命科学 |
SocArxiv | 2016年に開設。2020年以降は4,848本のプレプリントを公開。 | 人文学・社会科学 |
PsyArXiv | 2017年の開設以来,14,000本以上のプレプリントを公開しています。心理科学改善のための協会(The Society for the Improvement of Psychological Science)提供。 | 心理科学 |
分野横断的なプレプリントサーバーがある一方,特定の専門分野に特化したものや,AfricArxivやindiaRxivのように特定の地域・言語にフォーカスを当てたものもあります。こういったサーバーは発展途上国の研究者がハンデを乗り越えるのを助けてくれますが,インドネシアのプレプリントリポジトリ,INA-Rxivやフランス語のプレプリントリポジトリ,Frenxiv Papersのように資金難から閉鎖を余儀なくされてしまったものもあります。
プレプリントを利用すると他人にアイデアを盗まれ,出し抜かれてしまうのではと不安に思う方も多いことでしょう。しかし,この懸念は的外れです。
プレプリントは公開サーバーに投稿された段階で,あなたの学術的成果の一部として恒久的に記録されます。各プレプリントにはデジタルオブジェクト識別子(DOI)が付与されるからです。そのため,他の研究者たちもあなたのプレプリントをただちに自分の論文に引用することができるわけです。
つまり,インターネット検索エンジンの利用者なら誰でもプレプリントや掲載論文の公開順序を知ることができ,研究成果を最初に発見・提唱したのが誰なのかはっきりします。
プレプリントの歴史:いつスタートしたのか?
新型コロナウイルスの流行を背景に,最近,利用者が急増しているプレプリントですが,決して新しいものではありません。実際,アメリカ国立衛生研究所によって最初のプレプリントが公開されたのは1960年代です。
1990年代初頭になると,米国ニューメキシコ州の物理学者たちが最新論文の原稿を素早く交換するためのメールサーバーを開設します。このシステムが活発に利用されるようになったため,1991年にはプレプリントサーバーarXivが開設されるに至りました。
arXivの当初の目的は,透明性の高い学術研究アーカイブを設立し,最新の研究成果を反映させることでした。
その後,プレプリントの利用は徐々に物理学以外の分野にも広がってゆきます。2000年代以降は,生命科学や社会科学,医学,教育,法学といった分野でも研究成果を素早くシェアする機運が高まったのです。
この背景の一つには従来の出版プロセスが遅かったことが挙げられますが,プレプリントを利用すると研究成果をより広範な読者に届けることができる上,オープンサイエンス・オープンアクセスの精神を体現していることも大きなファクターとなっています。
プレプリント(査読前論文)公開の利点
プレプリントを公開すると,査読付きジャーナルに論文を掲載することで得られるメリットのほとんどをより素早く手にすることができます。では,プレプリント公開のメリット6つを見てゆきましょう。
1. 素早く無料で研究結果を普及させることができる
過去12年間に公開された論文の分析によれば,最初の入稿から出版までにかかる時間は平均9ヶ月ほどだといいます。そして,これには査読の結果,掲載不可となった原稿は含まれていません。
プレプリントを投稿するということは,あなたの研究成果が従来の方法に比べてはるかに素早く世に出るということです。つまり,一刻を争うような研究に携わっている方にとっては研究成果を伝えるための無料かつ手軽なツールとなるほか,最新結果を早くシェアしたい方にも役立ちます。
プレプリントに関するよくある懸念として,将来的に正式な出版のチャンスが減ってしまうのではないか,というものがあります。実際,これまでは様々な研究分野の学術誌において,プレプリントが公開されている論文は「出版済み」とみなされ,掲載拒否されるのが常でした。しかし,これはすでに変わってきています。
例えば,『ネイチャー』誌ではプレプリント公開された論文が受け入れられるようになったばかりか,2017年以降はプレプリントの利用を推進するようになっています。また,PLOS出版に至っては掲載選考の際にプレプリントサーバーから直接原稿を送ることができるようになっているほどです。
2. 研究全体の質を高める
プレプリントの出版は執筆者にとってメリットがあるだけではありません。当該分野の研究全体がスピードアップするのです。
あなたの研究成果のおかげで,同業の研究者たちによるさらなる発見が早まるわけです。
さらに,科学ジャーナリストや政策立案者をはじめ,幅広い層の人々が最新の研究についてより正確なビジョンを持つのを助けてくれます。
研究成果の素早い普及が政策立案において不可欠であることは,新型コロナウイルスの世界的流行によってはっきりしました。実際,新型コロナウイルス関連論文を対象とした研究では,プレプリントと正式掲載版の間にあまり差がないことがわかっています。これはプレプリントサーバーに公開された研究の質の高さを示すものです。
とりわけ意義深いのはプレプリントが研究へのアクセスを容易にし,包括性を高めてくれるということです。研究者ならだれでも無料で成果をシェアすることができ,ジャーナルへの掲載を待たずとも,読者がフィードバックを返してくれるからです。
3. 最初の発見者・提唱者であることの証明
「学術誌の正式掲載前に研究成果を公開したら,誰かに出し抜かれてしまうのではないか?」こう心配する研究者は少なくありません。実際,誰かがあなたのアイデアを盗んだり真似したり,あるいは発展させたりして自分の成果として発表するのではないか,という懸念は当然のものです。
しかし,ご安心ください。プレプリントの公開はあなたの著作権を保護し,最初の発見者はあなたであることを周知してくれます。それはなぜか?
- 大半のプレプリントサーバーは各プレプリントにDOIを付与します。
- DOIには編集不可能なタイムスタンプが含まれており,あなたの投稿が最初に公開された日時を特定できるようになっています。
- この段階であなたの原稿はGoogle ScholarおよびAltmetricのインデックスに登録され,アクセスの公開が行われます。
つまり,他の研究者たちはあなたの研究成果を公開直後から引用できるのです。そして,万が一,誰が最初に発見したのかという議論になったとしても,DOIを頼りに研究成果が自分のものであることを主張できるわけです。これは競争の激しい研究分野に携わる方にとって非常に大切なことです。
また,プレプリントが普及するにつれて,研究成果を横取りして発表されてしまうようなケースはほぼなくなることを示唆する研究結果もあります。
4. 迅速なフィードバック
従来のジャーナルのシステムでは,論文掲載前に査読者2~3人からフィードバックをもらうのが通例でした。しかし,プレプリントサーバー上に原稿を投稿すれば,幅広い読者のコメントを受け取ることができるほか,eメール等を利用して直接連絡を取り合うことも可能です。
このことは様々な意味で役立ちます:
- 従来に比べてはるかに素早く,同分野の研究者たちから意義のあるコメントをもらうことができます。
- これにより,ジャーナルに投稿する前に原稿を修正することが可能。
- 共著者になってくれる研究者が見つかれば,より本格的な論文に仕上げた上でインパクトファクターが高いジャーナルに投稿することもできるかもしれません。
5. 研究者の目に留まりやすくなり,影響力が拡大する
プレプリントで研究成果を素早くシェアすれば,影響力や人目に付きやすさ,引用数をはじめ,あらゆる点で最大限の効果を得ることができます。このことは,新型コロナウイルス研究の普及におけるプレプリントの役割を調査した2021年の研究を見れば明らかです。それによると,プレプリント公開を行った新型コロナウイルス関連の論文はそうでない論文に比べてアクセス数,引用数ともに多く,より広範なオンライン・プラットフォーム上でシェアされていたというのです。
引用数
多くの執筆者にとってプレプリントはその研究の最終版ではありません。しかし,プレプリントはCrossrefをはじめとするプロバイダーを通して,ジャーナル掲載論文の読者を増やしてくれます。
7,000本以上のbioRxiv掲載論文を追った調査によれば,プレプリント公開を行った記事は2013年から2017年までの期間に各論文あたり平均7回近く引用されたのに対し,プレプリント公開を行わなかったものでは引用回数の平均はわずか4回あまりに留まっています。
目に留まりやすくなる
プレプリントが引用回数に与える影響についてはさらなる研究が待たれますが,プレプリント公開された論文の方がツィッターで話題になりやすいことを示すはっきりした証拠があります。先ほど触れたbioRxivの調査によると,プレプリント公開された論文はおよそ2.5回ツイートされるのに対し,そうでない論文は1.8ツイートに留まったというのです。
もちろん,あなたの研究がより多くの場所で公開されれば,目に留まりやすくなるわけです。
そして,専門外の読者や政策立案者,ジャーナリスト,一般人など,あらゆる層があなたの論文の読者になる可能性を秘めています。
最後になりますが,ソーシャルメディアの利用は,類似のテーマを扱う研究者や遠くに住んでいるライバルと交流する上で役立つことでしょう。
6. キャリアアップ
「公開論文数の伸び」が欠けていると,研究者としてのキャリアアップや助成金獲得などに支障をきたすことがあります。ここでも,プレプリントが予算・人事担当者,あるいはテニュア審査会にあなたの生産性をアピールする上で役立ちます。
履歴書にプレプリントのリンクが貼られているほうが「執筆中」や「査読中」のジャーナル論文タイトルが並んでいるよりもはるかに説得力があるのです。
実際,独立系の研究助成財団はプレプリントの扱いをすでに改めています。2017年以降,UKRIやWellcome Trust,アメリカ国立衛生研究所(NIH) をはじめとした財団は研究者が助成金申請書にプレプリントを引用することを認めるようになったのです。
現在,多くの財団はプレプリントに対する方針を転換しているところであり,今後数年の間にプレプリントを是認する立場が主流になると期待されています。
プレプリント(査読前論文)を公開するには?
プレプリントのメリットを聞いているうちに,公開したくなってきたのではないでしょうか?そこで,重要な4つのステップをご紹介しましょう:
サーバーの選択
あなたの研究分野や研究の種類(たとえば,実験に基づく研究なのかシステマティック・レビューなのか),読者層のコミュニティといった要素を考慮して適したサーバーを選びましょう。様々なプレプリントサーバーとその実態に関するリストはこちら。
著作権およびIDの選択
たとえば,CC-BY 4.0は著作権者の表示があれば二次的な利用を許可するクリエイティブ・コモンズ・ライセンスです。一方,CC-BY-NC 4.0なら非営利目的の二次的利用に限定されます。同様に,プレプリントに対応させるIDを選ぶ必要もあります(DOI, arXiv IDあるいはURLなど)。
投稿予定のジャーナルのプレプリントに対する方針をチェックする
学術誌はプレプリントに対してそれぞれ方針を持っています。SHERPA/RoMEOおよびTranspose databaseによれば,生命科学分野のジャーナルの多くは公開済みプレプリントの投稿を歓迎しています。しかし,プレプリントは「掲載論文の前段階」であるとして,投稿を拒否するジャーナルも少ないとはいえ存在します。
原稿を推敲し,プレプリントサーバーのガイドラインに沿っているかどうかチェックする
分量や字数制限をはじめ,プラットフォームが定めるフォーマットを確認しましょう。また,重要なデータや発見が抜け落ちないように注意して質の高い原稿を目指してください。こうすることで,他の研究者に好ましい印象を与え,注目や引用数を増やすことができます。
プレプリントに関する情報
- ASAPbioのリソースセンターにはプレプリントに関するQ&Aがあります。
- PLOSのプレプリントに関するページでは,学術誌がプレプリントの利用について著者や読者にどういった対応をするかが説明されています。
- Knowledge Exchangeが2019年に公開した,プレプリントの革新的役割に関する報告に目を通してみましょう。
- 出版規範委員会(COPE)によるプレプリントに関するディスカッションペーパーを読むのもよいでしょう。
- COPEのウェブサイトに投稿された,プレプリントのガイドラインに関するパネルディスカッションの映像を見るのもおすすめです。
- プレプリント公開にあたって考えるべき10の秘訣を探った記事を読みましょう。
好ましいフィードバックを増やして出版のチャンスを高めるには?
MacroLingoは英語プレプリントのプルーフリーディングや校正をはじめとするサービスで,あなたの原稿が学術誌に掲載されるチャンスを高めるお手伝いをいたします。
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